夜の新世界

パリ、ニューヨークがお手本

新世界の風景

“新世界”のコンセプトは欧米の2大都市とも言える“パリ”と“ニューヨーク”の風景を模倣して、その文化を取り入れさらには融合させよう!というものでした。 新世界の北側はパリをモデルにして放射線状に道が広がるショッピングモール街にして、その街並みはドイツ風になるよう工夫されました。また南側には遊園地や映画館、芝居小屋や飲食店などのレジャー関連のお店や施設が集まりました。そして新世界の中央には文化が集まり融合する場所として円形広場がつくられ、またパリの凱旋門を模したビルとその上にはエッフェル塔を模した塔が建てられました。これが通天閣です。 当時としてはきっと奇抜で面白い、夢のような街ができたという感じだったのでしょうか。だって名前が“新世界”ですものね。きっとたくさんの夢や希望が詰まっていたのでしょう。とはいえ、なんだかかなり欲張って色々なものをつめこんだものだなと驚かされますね。このいいと思うものは全部詰め込んじゃえ!と言わんばかりの豪快さの様なものはやはり大阪の気質なのでしょうか。 通天閣の歴史を知る人の中には今も、「大阪は日本のパリやで」なんて言う人もいるかもしれませんが、現在では、そのパリやニューヨークの様なオシャレな雰囲気は、残念ながら感じることができません。しかし北側の道が放射線状になっている部分など当時の名残や、新世界が目指したパリやニューヨークらしさがどこかに残っているかもしれません。そんな目線で新世界を歩いてみると新しい発見があるかもしれません。

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サイト紹介

ビリケン様

数ある大阪の観光や楽しめるスポットがある中でも、“コテコテの大阪”を象徴する場所として有名なのが“新世界”です。新世界と言えば通天閣、串カツ、づぼらやのふぐ、呑み屋さん、スマートボールで遊べる昔のゲームセンター、将棋クラブにおじさん達が集まり…。昭和の雰囲気満点で、他にはない少しの怪しさと、コテコテの大阪らしさが溢れる独特の街です。でもそんなことを言っているようじゃ、まだまだ新世界の魅力を分かっていないですよ。 実は新世界にも色々とあったんです。意外と知られていない新世界の歴史や、今とは違っていた昔の新世界のことを知りたくはありませんか?新世界歴史探訪では、新世界の実は深い歴史をご紹介しながら、新世界のたくさんの魅力をみなさんにお届けします。 新世界の歴史を知れば、今まで知らなかった新しい新世界の魅力に気付けるかもしれません。地元の人々があんなにも新世界を愛する理由が分かるかもしれません。 実は…“新世界”という名前もすごく気になっていたんです、個人的に。“新世界”と呼べるような新しさや近未来的なものを感じるポイントがなく、なんでそんな呼び名になっているんだろう?と。私以外にも気になっていた人はいませんか?今言われて気になった方も、ぜひぜひ一緒に新世界の歴史を探しにいきましょう。

大阪三大夏祭りとは

新世界の歴史を紐解いていきましょう。 そのむかーし、明治の頃はまだまだ畑や荒地が広がっていましたが、ここを街として整備するきっかけとなったのが、1903年(明治36年)の“内国勧業博覧会”の会場となったことです。現在のJRや南海鉄道は既にありましたが、さらに梅田と恵美須町を結ぶ大阪市電南北線や、阪堺電気道(阪堺電車)が開業するなど利便性があがりました。博覧会跡地は天王寺公園となり、1912年(明治45年)7月に通天閣とルナパークが開業をもって“新世界”がようやく誕生しました。 しかしこれからという時に新世界をバックアップしてくれていた阪堺電軌道が競合相手だった南海鉄道に合併されてしまったり、隣接する天王寺公園に動物園ができたり、期待の星だったルナパークの閉園や、第2次世界大戦時に通天閣の解体、大阪大空襲で被災するなど、新世界を取り巻く環境はめまぐるしく変化していき、その影響を大きく受けてきました。 それでも新世界の人々は飲食店が集まるジャンジャン横丁の復興や、二代目通天閣の再建に奮闘します。 そこへもさらに不運は続き、売春防止法により歓楽街の活気は衰え、あいりん地区の労働者が集まり新世界の街のイメージはどんどん悪くなります。 でも人々は負けません。映像作品の舞台となったことなどをきっかけに、新世界に残る昭和の雰囲気などが評価を受け、また人々が集まるようになりました。そして現在、隣接する阿倍野地域の発展により新世界にも注目が集まってきています。 衰退を繰り返し、でもそこでも負けなかった新世界の人々の頑張った歴史がつまっています。 西日本随一のディープタウンといえるミナミで飲み歩きするならこちらをチェックしましょう!串かつ、ホルモン、どて焼き... たまりませんね!

実は二代目の通天閣

パリ

パリの凱旋門とエッフェル塔を合体させた通天閣が建てられたのは1912年(明治45年)7月のこと。しかし現在の通天閣はどうもエッフェル塔などとは違うような印象を受けますよね。そう、現存している通天閣は、実は2代目なんです。

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様々な映像作品の舞台に

様々な映像作品の舞台に

新世界や通天閣が“ザ大阪”のイメージとして、地域の人達だけでなく日本の人々に根付いている証拠として、様々な映像作品に大阪の風景として登場しています。 映画で挙げるなら…

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ルナパーク

ルナパーク

通天閣を建設と同時期に建設が進められた、テーマパーク"ルナパーク"。『パリ、ニューヨークがお手本』のページで書いていた、通天閣の南側のレジャー施設というのがこれです。 同時期に建設されていたこともあって、初代通天閣とルナパークのホワイトタワーはロープウェイでつながれ、1912年の開園から、通天閣と一緒に新世界を盛り上げました、

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串カツ発祥の地

だるま

新世界といえば“串カツ”。“串カツ”といえば新世界。そんな認識をされている方も多いのではないでしょうか。 通天閣の袂には串カツ屋がこれでもか!というぐらいひしめき合っており、どのお店も趣向を凝らしたど派手な装飾で、新世界を大阪らしく明るく盛り上げています。

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