夜の新世界

串カツ発祥の地

だるま

新世界といえば“串カツ”。“串カツ”といえば新世界。そんな認識をされている方も多いのではないでしょうか。 通天閣の袂には串カツ屋がこれでもか!というぐらいひしめき合っており、どのお店も趣向を凝らしたど派手な装飾で、新世界を大阪らしく明るく盛り上げています。そんな下町感溢れた景観が逆に新しく、昔の少し危ないイメージも払拭された今、観光地として注目を浴び出し、若い女性や外国の方までも訪れる大阪の人気スポットととなりました。 新世界は低賃金の自由労働者が行き交う土地柄、安くて美味しいものをと考案されたのが“串カツ”だったそうで、その名残で今もあんなに安い値段で美味しい串カツを食べることができるのです。 新世界の串カツの衣が厚いのもこの頃の名残で、少量でも満腹感を感じてもらえるようにというお店側の思いやりだったそうです。具材をケチって小さくして衣を厚くしていると思っていたそこのあなた!(私もそう思っていた)次に新世界へ行くときは、下町人情溢れる素敵な理由があったことを頭に入れて、厚い衣を有難く頂きましょう。 そんな新世界には串カツ御三家と呼ばれる古くから愛されている“だるま”、“八重勝”、“てんぐ”があり、今も行列が耐えません。その中の、通天閣の袂に店を構えており他にも別館や系列店がそこかしこにある“だるま”には、裏話という名の有名な話があります。 実は三代目の大将の時代に閉店の危機があり、それを救ったのが“浪速のロッキー”、元プロボクサー・現タレントの赤井英和さんだったのです。大阪の西成区出身の赤井さんは生粋の“だるま”ファンの一人で、閉店の危機をなんとしても救うべく浪速高校時代のボクシング部の後輩に後を引き継ぐよう打診。その後輩というのが、頑固親父さながらの顔面看板でおなじみ・四代目会長権社長の上山さんなのです。 “ソース二度付け禁止”などの串カツルール発祥の名店の味を今でも食べることができるのは、このお二人の尽力あってのことだったのですね!